「第7回」防錆皮膜(1回目) 『酸化皮膜』
防錆皮膜は、防錆『被』膜の漢字が当てられることもありますが、同じ意味です。当コラムでは、防錆『皮』膜で統一しています。
防錆皮膜には、『酸化皮膜』 / 『吸着皮膜』 / 『沈殿皮膜』の3種類があります。英語表記であれば『Oxide film』 / 『Adsorption film』 / 『Complex film』です。定期的に調査している論文に偏りがあるのかもしれませんが、『Oxide film』以外の2つの英単語は、英語論文で見ることがほとんどありません。もしかしたら、酸化皮膜以外は日本独自の表記なのかもしれません。また、皮膜は『Film』の単語が主に使用されていますが、『層』という意味の『Layer』が使用されていることもあります。
今回は、『酸化皮膜』について解説いたします。
酸化皮膜は、主に酸化剤を用いて金属表面を酸化させることでできる『金属酸化物』からできています。『酸化 = 錆(さび) / 腐食』と思われる方が多いですが、間違いです。防錆防食の観点から、この金属酸化物を大まかに分けると「錆 / 腐食 = 悪い金属酸化物」、「酸化皮膜 = 良い金属酸化物」になります。冒頭で「主に酸化剤を・・・」としているのは、金属の種類によっては自然酸化(空気中の酸素を利用して)でできた酸化皮膜が、防錆効果を発揮するものもあります。有名なものはステンレスです。ステンレスは、鉄にクロム(Cr)などが添加されており、そのクロムが鉄よりも先に酸化されることで酸化皮膜を形成し、鉄が錆びにくくなります。
鉄(及び鉄鋼)を例にします。以降で挙げる物質は一例ですので、示した物質以外にも該当する物質はあります。鉄の錆は、既知の通り赤錆とよばれる赤色(朱色)の錆です。この赤錆は、酸化鉄(III) と呼ばれる物質で、分子式は『FeO(OH)』もしくは『Fe2O3』です。一方、酸化皮膜は、酸化鉄(III) 鉄(II)と呼ばれる物質で、分子式は『Fe3O4』です。物質は、別名を除けば、名前が変わればその性質も変わります。酸化皮膜である、酸化鉄(III) 鉄(II)は焼き入れなどによってでき、黒錆(別名: 黒皮、ミルスケール)とも言われて赤錆の進行を抑制する効果があります。
防錆防食の技術者は、「緻密な皮膜が・・・」と表現することがあります。これは、皮膜を構成する化学物質が密(分子レベルでの隙間が小さい)になっている場合に用います。前述の赤錆は密ではないため、黒錆よりも多くの隙間が生じます。その隙間に結露水や腐食性物質が入り込むことでさらに錆が進行します。一方、黒錆は密であるため隙間がほとんどなく、水が入り込みにくいため、赤錆ができにくくなります。
代表的な防錆剤の酸化剤は、「亜硝酸塩類」「クロム酸塩」などです。
ご注意いただきたいことは、防錆剤による酸化皮膜は水に対しては有効です。しかしながら、防錆剤の量に対して水が多すぎる場合(防錆剤が低濃度になる場合)、十分な防錆効果が発揮されないこともあります。また、腐食性物質は、防錆剤によって作られた酸化皮膜を破壊し、その下にある錆/腐食しやすい状態(無垢な状態)の金属と水が接する状態にします。そのため、防錆剤によって防錆を行いたい場合、前工程の洗浄/乾燥で腐食性物質を除去する工程が重要となります。
弊社の過去のトラブルの事例では、錆びた鉄製品の表面を分析した結果、錆の部分は錆のない部分の10倍以上(質量換算)の塩素(腐食性物質)が検出されたことがあります。このときの原因は、洗浄工程で塩素系成分が含まれている洗浄液を使用していたことで、その塩素系成分によって鉄を錆びさせました。解決策として、塩素系成分が含まれない別の洗浄液に変えていただきました。
次回担当の9回目では、「防錆皮膜(2回目) 『吸着皮膜』」について解説いたします。
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